週刊「想うのよ」

想うことを綴ります

虚無感を想うが故の自由感

久しぶりに虚無感という言葉に出くわした。

若い頃、この虚無感に陥ったら終わりだなと思っていたことを思い出した。

私の意味する虚無感とはこうだ。

「どうせ最期は死ぬ」、「何のために生きてるのか分からない」、「短い人生なんだかから頑張ってもね、虚しい」とこんな感じ。

若い頃の虚無感は、無気力を意味していた。

だから虚無感に陥ったら終わりだなと想っていたし、避けるべき言葉だと思っていた。

しかし最近出くわした際の感じ方は、若い自分とは随分異なり、妙な安心感を感じるほどだった。

虚無感の意味するところは変わっていない。だが、それが一概に無気力に向かわなかった。

「どうせ最期は死ぬ」し、未だに「何のために生きているのか分からない」し、「短い人生なんだから頑張ってもね、虚しい」気持ちもまだある。

ただ、それが故に、自由感を感じたのだ。

虚無を想えば、誰かの常識に合わせて頑張るもよし、気にせず頑張らないもよし、要は「どうでもいい」は「どう生きたっていい」と変換された。

 

想うがままに、どうでも生きてもいいのだ。

 

つづく