現状打破≒現状不満の回避とする。本来は現状を打破し、新しい現状を手にすることを目標とすべきだが、如何せん今すぐにサラリーマン身分を捨てる勇気がない私は、一旦の「現状打破」は「現状不満の回避」を目標とするに留まる、、、なんて格好をつけているが、要は現実逃避だ。
現状への心配りに代わる、心地のいい心配りの対象を持つ。心地のいい心配りの対象とは「希望」。苦手なはずの正論が顔を出したわけだが、希望という響きがこしょばゆいなら妄想でもいい。現実逃避とはいえ、その時、その瞬間の逃避は気晴らしとしては良くとも、長い目で見た現状打破につなげるためにも「希望」「妄想」を策として活用したい。
現状に代わる現状を具体的に想像する。細かくだ。それに向けてできることを足元から着手する。何を想像するか、例えば住むところから、そこで営む毎日の生活パターンまでを想像する。
それがワクワクするものになるまで、創り上げていく。ポイントはあくまで妄想だ。現実を棚に上げて考えることが重要。できるできないは考慮しない。それでも結果として、全く可能性の可の字もないことを想像はしないと想う。つまり可能性のある最大値の想像、妄想になると想うのだ。それはハードルは高くとも実現可能性があるわけで、それ故にワクワクできるのだと想う。
小生は子どもの頃は相当の妄想家で、家に帰ると毎日好きな子とのドラマが妄想内で繰り広げられていた。幸せだった(笑)。まるで一緒にいるような空気感をまで感じていたように記憶している。
当時は現実も楽しかったので逃避する必要は全くないが、楽しいから妄想していた。妄想には効用があった。
例えばクラスのアイドルだったあの方。妄想無しには会話もきっとドギマギしただろう。妄想マンだった小生は、妙に馴れ馴れしく、堂々と接していた。そこした姿勢があの方をくすぐっていたのか結構仲良かった。幸せだった(笑)。
まずは妄想、イメージが先だ。そうしたことがなくとも「今」に満足感や幸せを見出せる人は、将来イメージを持たなければと思う必要は特に無いと想うが(そういう素敵な人は確かにいる)、「現状打破」を望む人は、やはり現状に代わる現状を想像するところからスタートしなければ始まらないように思う。そしてそれを楽しめるようにするのだ。
小生は、そのイメージを構築しつつあるが、もっと妄想機会を増やして研ぎ澄ましていこうと思う(あくまでワクワクする内容で)。うむ、そうしよう。
ところで話は逸れるが、現状打破までとは言えないまでも、現状にこのブログが少し変化を与えてくれている。
ブログを開始して2年が経ち、最初の1年半は「週刊」と銘打っておきながら、2か月毎だったりして「習慣」化されていなかったためか、アクセスも当然無いし、ほんと孤独な週刊「想うのよ」だったが、ここ半年はほぼ毎週綴るクセがつき、それこそ想いのたけを発する良い機会が得られている。加えてそうした累積が増えたせいか、アクセスも週2程度あるようになった。誰かの目にとまっているのかもと思うと、なんだか少し嬉しい(その方がどう思われているか分かりないが…)。
いつか「自由」を手にした暁には、それまでの道のりを同じ中年層の方にも示して、参考にしてもらえるようになるといいと想う。こんな普通~~の中年オヤジが実現できてこそ、きっと役に立つのだと信じて。
「現状打破」なんて歌もあるんだねぇ