週刊「想うのよ」

想うことを綴ります

心のゆとりは、やれることまでしかやれないんだという割り切り。それに見合った立場を受け入れる心。

中年にもなると、サラリーマンであればサラリーマンとしての生き様(よう)がおおよそ見えてくる(良く言われることだが)。

まだトップ昇格など前線にいる方々は、身を粉にして更なる高見を目指すわけだが、そうでない小生などは妙に落ち着いてくる。そうすると、こうであらねばならない、こうあるべきだからある程度解放されるのか(諦めが付くために)、心に少し余裕が出てくる。

ことわっておくが、決して手抜きになるわけではない。一方で自分の限界以上のことができないことに変な罪悪感を覚えなくなった。お客さんに対しては相手の気持ちに立って考えるようになった。ゆとりだと想う。